STAGE057(放送日:2021/07/25)
ハドソン/ネクロスの要塞どうも、1Pカワサキです。
どうも、2Pハセガワでーす。
この番組は、かつてゲーム少年だった1Pカワサキと2Pハセガワの2人が、ゲームにまつわる様々な話題で、故きを温ねて新しきを知る番組です。
はい。
という事で、ブライトビットブラザーズ、STAGE57です。
はい、57。
はい、今回はハドソンです。
はい。
まあこちらもね、ゲームを遊んでいれば、知らない人はいないでしょうと。
そうですよね。
最近はね、ちょっと聞く事少なくなったと思うんですが、まあそれは理由がありましてね。
うん。
この後、その辺も話していこうかなと思うんですけども、まあ我々ファミコン世代からすると、一大メーカーですな。
そうですね。
うん。
知ってるメーカーあげてくれと言われたら、最初の方に来るであろうメーカーですね。
うん。
「このメーカーで好きなタイトルを」って言われたら、何本かはもう絶対出せるだろうというぐらい、たくさんのゲームタイトルも作っているメーカーです。
はい。
ところがね、これ歴史がその分というか、めちゃくちゃ長いメーカーになってまして。
なので今回もね、けっこう長くなりそうなので、さっそく本編に行こうかなと思うんですが。
はい。
では、今回はハドソンの話をしていきたいと思います。
よろしくお願いします。
よろしくお願いしまーす。
株式会社ハドソンは、北海道を発祥とするゲームソフト会社であり、販売会社であると。
うん。
この「北海道発祥」っていうのもね、けっこう有名でね。
そうですね。
当時、やっぱりこういう大きいメーカーというとね、東京とかね、そういうイメージがあったんですが、「北海道の会社なんだ」っていう。
しかもそれが、なんとなくユーザーも知ってたっていうのはね、不思議なんですけど。
そうですね。
でね、事業拠点自体は、大阪、名古屋、福岡とかにもあったんですけども、本社は札幌にあったという事で、創業されたのが1973年5月18日。
はい。
代表者というかね、工藤裕司さんとその弟の工藤浩さんというご兄弟で、札幌に通信機器と美術写真の販売を目的とした「有限会社ハドソン」として創業されたと。
うん。
で、アマチュア無線ショップとして、ハドソンというお店を開店してたそうなんですね。
はい。
で、1970年代に創業して、その70年代はパソコンのソフトウェア制作で、徐々に仕事が軌道に乗り出してですね、その時にお兄さんの裕司さんが、「アメリカでパソコンブームが起こっている」というのを雑誌で見てですね、すぐアメリカに行きまして、まあ当時はやっぱりちょっと高額だったパソコンを買って帰ってきてですね、「無線機の販売だけじゃ、これからはダメだ」と、「新しい商売をしなければ」という事で、パソコン事業にも乗り出すと。
おおー。
で、1978年に日本で初めて、パソコン用パッケージゲームソフトの開発・販売業務を行うようになると。
おお~。
で、当時ね、ハドソンに限らず、電子機器を扱っているという理由で、他のアマチュア無線ショップも、パソコン販売会社に鞍替えしてたそうです。
ふーん。
確かにね、昔ってアマチュア無線っていうのがね、ちょっとブームになってまして。
ありましたね。
で、ソフトウェアに関してはね、元々やっぱパソコン本体を売るのがメインだったんですけども、まあソフトウェアも売っていこうという事でやってたんですけども、元々はパソコン買ったお客さんが自分でプログラムなんか作れないので、おまけとして作って売ってたと。
ああー。
で、結局ほら、ソフトないとただの箱ですから、パソコンって。
そうですね。
で、しかもまあ、そのソフトを作るにしても、ハドソン自体に開発用の機材が…ある事はあったんですが、まあ少なかったという事で、お客さんに販売するコンピューターを、納品の前日にこっそり開けてプログラム打ち込んで、当日朝に再度梱包して納品するっていう事をやってたらしいですwww。
へえー。
だから、開発パソコン自体を商品のパソコンで賄ってたというwww。
へえー!
初期の頃はね、そういう事もやってたと。
うんうん。
で、ソフトの店頭販売っていうのもやってたんですが、まあローカル都市でチェーン店とかもなく、一店舗だけでやってた上に、まあ宣伝もしてなかったので、ホントに知る人ぞ知るマニアックなお店という状況だったらしいんですよね、当時は。
なんかちょっと、ファルコムの時にもこんな話しましたねwww。
そうです。
だからもう、ファルコムとやっぱ近いんですね、かなり。
そうですね、似てますね。
生い立ちはね。
この時代の流れとしては。
うん。
で、その後ね、お店は徐々に地元の大学生などの、パソコンマニアね。
うんうんうん。
札幌市内のパソコンマニアが集まる場所になってきてですねwww。
www。
で、その来てたお客さんの中にはですね、後にハドソンに入社してボンバーマンを作る人になったりとか。
へえー。
で、一部の学生はアルバイトとして入社して、自分でソフトを作って、それを店頭で売るという感じでですね、なんかホントにこう同人イベントというか、
そうですね。
楽しそうだなあ。
楽しそうでしょう?
ね、私たちからすると、すごく楽しそうな事やってる。
ただ、楽しい反面、経営状態としては、いつ潰れてもおかしくない状態だったとwww。
www。
まあ、儲からないですよね。
そうですね。
めちゃくちゃ楽しいと思うんですが。
ユーザーが少ないすからねwww。
ところが、ここで転機が訪れますね。
はい。
1979年、ハドソンが扱ってたパソコンの販売元、シャープ。
はい。
これは、今でもありますけどね。
はい。
シャープが「ちょっとハドソンさん」と。
うん。
「パソコン雑誌で月刊マイコンっていうのがあるんやけど、そこでオリジナルソフトウェアの通販したらどう?」と。
ふうーん。
というのを、シャープさんが勧めてくれたと。
ふん、ふん、ふん。
で、じゃやってみるかという事で、雑誌にプログラムの通販広告を載せたところ、この後ですね、郵便局員が毎日のように現金書留の詰まった白い袋を担いできて、莫大な利益を得る事ができた。
へえー。
当時、ハドソン社内では、郵便局員をサンタクロースと呼んでたそうです。
www。
www。
いやあ、サンタクロースは現金持ってこないですけどねwww。
そうですね。
www。
いや、だからそれぐらい、そのオリジナルソフトウェアの通販っていうのは、大当たりだったと。
うん。
だから、一部のやっぱこのパソコン雑誌があるという事は、パソコンを持っている人もいたと。
そうですね。
まあこれ当時ね、パソコンって言わなくてマイコンって言ってたんですけど。
うん、うん、うん。
だから、個人的にコンピューターを持っている人たちが、やっぱりソフト開発するまでのスキルはなかったから、まああったかも知れないですけど、より自分以外のプログラムを使ってみたいという事で、需要があってマッチしたんでしょうね、これ。
うん、うん、うん。
で、これですごく収益につながったと。
へえー。
で、1980年の頭、パソコンソフト開発で高い技術力を発揮して、オリジナル作品とかをたくさん作ってってね、一躍日本を代表するパソコンソフトメーカーの大手になったわけです、ここで。
ふーん、なるほど。
ただですね、この時代、実はパソコンのメインハードというのはですね、NECのPC-8000シリーズというのが、一番メジャーなPCだったんですよ。
はい。
ところが、このハドソンさんが関わってたのがですね、シャープなんですね。
あ、そっか。
シャープのMZシリーズとかX1シリーズっていうソフトを作ってたので、メジャーではなかったんですよ。
んー。
なので、当時ハドソンの名前自体は、パソコンのライトユーザーには浸透してなかった。
なるほど。
これね、コアユーザーはみんな知ってたんです。
ああー。
この辺がね、いつの時代にもライトとコアな人たちが集うハードというのは、違うんだなというね。
確かに私も、この時代のパソコンといえば、やっぱNECのPC-8000シリーズなんですよ、やっぱり。
うん、そのイメージありますね。
MZシリーズとかX1シリーズって、やっぱあんまり聞いた事なかったんで。
なんか、VHSに対するベータみたいな。
ホントにその通り。
www。
はいwww。
まあ、この例えがもうすでに通じないんですけどもねwww。
そうですね。
ちょっと前で言うと、プレイステーションとサターンとかってなってくるんでしょうけど。
うん、うん。
まあそこよりも、もっとこう認知度が違ってたんでしょうね。
ですよね。
でですね、その後1981年にね、今のソフトバンク、孫正義さんがね、今のソフトバンクの前にやってた、日本ソフトバンクと独占契約を結ぶんですね、ハドソンは。
ふうーん。
パソコンソフトの流通会社の日本ソフトバンクと独占契約を結んで、上新電機をはじめとする全国の主なパソコン販売店の店頭で、ハドソンのソフトウェアが販売される体制を確立したと。
おおー、上新電機。
そうです、懐かしいですね。
これで一躍メジャーなメーカーになってきたと。
んー。
で、この時の縁があってですね、今なおソフトバンクでは、ハドソンの存在はすごく重要で。
へー。
孫さんがね、未だに創業者の工藤兄弟を恩人と呼んでて、仲がいいんです、今でも。
へえー、いい話。
うん。
だからやっぱり、最初の頃にお世話になったというかね、お互いね、助け合ったという事で、今でも仲間として付き合いがあると。
うん、うん。
で、続いてね、1983年!
ここもハドソンの大きな転機のひとつなんですけども、任天堂が家庭用ゲーム機ファミリーコンピュータを発売した年です。
はい。
これ、まだブームになってない…ファミコンって発売した時はブームじゃなかったんですよね。
うん、うん、うん。
その後、有名タイトルが出てからブームになるんですけども、このファミコン発売した時点からハドソンはですね、なんと「これは来るぞ」と。
うん。
「絶対これからこの時代が来る」という事で、任天堂に近づいてwww、
www。
積極的にアピールして、任天堂初のサードパーティになってます。
そうですよね。
うん!
確かに。
だから、「バンゲリング ベイ」なんかを最初に出したのは、このおかげだという事で。
うん、うん。
で、初のね、サードパーティになった事で様々な恩恵がありまして、任天堂からソフトの年間発売制限数の緩和、これあの、ある程度ね、制約があるんですね。
ありますねー。
年間いっぱいソフト出しちゃダメよとかね、あなたのとこはいっぱい出してもいいですよとかっていうのが。
うん。
そこはだから優先的にね、仲いいところは緩くなると。
あと、ロイヤリティとかの優遇措置を受けられる立場にあったと。
んー。
このおかげでお互いにね、任天堂からすると、優良なソフトを作ってくれる会社がサードパーティに入ったと。
うん。
で、ハドソンからは、恩恵を受けてソフトを作ればたくさん儲かる。
うん。
という事で、儲かっていくわけですけども、まあこの「ファミコンが売れる」と判断した理由というのがね、当時専務だった弟さんの工藤浩さんがね、地元札幌のデパートに行って、そこでファミコンのドンキーコングを遊んでる子どもたちを見て、「このゲーム機は、絶対これからパソコン抜くな」と思ったらしいんですね。
うん。
で、その話をお兄さん…創業者の裕司さんに話をして、お兄さんも「そらそうだ」と。
うん。
「よし、じゃあうちもファミコンにかけてみよう」という事で、元々パソコンソフトを作ってた開発者を、そのままファミコンソフトの開発担当にスライドしたと。
なるほどね。
そのせいで、パソコン事業自体はちょっと縮小したんですね、結局。
うんうんうん。
その代わり、ファミコンの方に力を入れたおかげで、会社の業績はぐんぐん上がっていったと。
んー。
で、この後、任天堂との付き合いも深くなりまして、ファミコン向けベーシック言語ファミリーベーシックを共同開発したりしてますね、ハドソン。
そうですよね。
そのイメージは強いなあ、うん。
で、この後、どんどん家庭用ゲーム機向けソフト開発がメインになってくると。
うんうん。
でね、このハドソンがね、数あるサードパーティの中でも、他の会社とやっぱ決定的に違った部分があると言われてまして、それがね、社内的にすごく自由な空気があって、積極的に独自の企画を生み出していたというのが特徴だったらしいんですよね。
へえー。
これ、だから最初言ってたね、大学生が集まって一緒にゲーム作って、しかもその大学生が作ったソフトを売ったりとかっていう、やっぱりそういう経緯があったからこそじゃないかなって気がするんですよね。
うん。
会社になったとはいえ、そういう、やっぱりこう楽しみながら仕事をしようという部分が残ってたんじゃないですかね、やっぱりね。
うん。
それを表す企画のひとつが、全国各地を巡業するゲーム大会、ハドソン全国キャラバン。
はいはい。
これもね、かなり独自な企画でしたし、あとはですね、高橋名人という存在を作り出してですね、コロコロコミックとかでね、コラボしてマンガに登場したりとかして、メディア展開も積極的に行って。
うん。
あとは、マンガ原作のゲームね、「忍者ハットリくん」、「ドラえもん」、あとは「桃太郎伝説」とか「ロードランナー」とかも、そういうマンガ展開とかも行いつつ、メディアミックスで展開したおかげでですね、ミリオンセラーのソフトがバンバン出てきたと。
うん。
で、ファミコン人気が上がるにつれ、ハドソンの人気もどんどん上がっていってたわけですね、この時。
んー。
確かにね、ハドソンのソフトめちゃくちゃ売れてんすよ。
そうですね。
うん。
うん、うん、うん。
で、今思えば、この高橋名人の売り方とか、マンガとのメディアミックスっていうのも、ホントに時代を先取ってるなと。
そうですよね。
キャラバンなんてね、買った後の上手い事を褒める体制というか、そんなのね。
これ、今でこそね、当たり前ですけど、この時にこういう事やってて、しかもこれがね、いやらしい宣伝というよりは、すごくこう、自然な形でコラボしてる感じがするんですね。
そうですね。
なんていうか、距離が近い感じはありましたよね、いい意味でね。
そうなんですよ。
なんか、コラボしている会社側が楽しんでる感がすごくあって。
うん、あったあった。
この辺がやっぱり、ユーザーにも伝わってたんじゃないかなという気がするんですよね。
はい。
で、1987年。
うん。
ここでですね、元々…本来ハドソンっていうのは、技術者の集団なので、任天堂のサードパーティとして、ソフトウェアを作るだけで満足せずにですね、独自のハードを作るようになってくるんですね、ここから。
はい。
で、1987年に日本電気ホームエレクトロニクス…NECですね。
はい。
と、共同開発した家庭用ゲーム機、PCエンジンを作ります。
そうですね。
ついに、ゲームハードまで作ってしまったと。
www、すごいですよね。
いや、すごいですよ。
うん。
で、これね、まあ表向きやっぱりNECのもんじゃないかと思ってたんですけども。
うん。
これ実は調べてみると、中身、ハドソンが独自に開発設計したCPU、サウンドチップ、画像処理チップ、これを全部ハドソンが作ってるんです。
へえー。
なので、実質PCエンジンはハドソンが作ったゲーム機と言っても過言ではない。
うん、うん、うん、うん。
で、これでですね、当時ハドソンが大人気にしたハードであるファミコンに対して、ライバルハードを作ったわけですねwww。
そうですよね。
しかも初期はね、シャープと組んでたわけですけどwww。
そうです。いや、すごいですよ。
やっぱり技術を持っている人たちが、いかに強いかという事ですね。
うん。
技術があれば選択肢が増えるというのは、ホントにこの通りだなと思って。
うん。
で、結局ね、PCエンジンって、全世界累計販売台数が1000万台いってるらしいんですよ。
ああ、すごい。
だから、けっこう売れてたんですね、やっぱりwww。
売れてると思いますよwww。
まあまあ、やっぱファミコンがめちゃくちゃ売れてたんで。
うんうんうん。
数字で行くとね、かなりやっぱり売れてたハードだったんだなと。
うん。
で、翌年1988年。
はい。
ここら辺からね、もうさらに手を広げてですね、コンピューターソフトの商標権とか、版権管理を目的にした会社を設立したりとか。
ふうーん。
同じ年の12月にはですね、「桃太郎伝説」の派生作品として、ファミコン用の「桃太郎電鉄」を発売。
はい。
これが、今でも人気があるすごろくゲームの一作目です。
はいはい、そうですねー。
以後シリーズ化されてる。
だから元々、「桃太郎伝説」というロープレがあって、その後に派生として作られたすごろくゲームが今も続いていると。
はい。
で、この同じ年ね、1988年に、12月ですね、CD-ROMを媒体とした世界初のゲームソフト、「No・Ri・Ko」、「ファイティングストリート」を発売。
はいwww。
これはね、PCエンジンの時に話しましたけど。
はい、覚えてます。
「No・Ri・Ko」www。
そう。
「No・Ri・Ko」と「ファイティングストリート」。
www、端と端。
こちらもハドソン。
これを移植っていうか、作成したのがハドソンです。
はい。
いやあ、恐ろしいですね、これ聞くと。
んー。
無敵のメーカーですよ。
ねえ。
ソフトにハード。
日本初とか…
そうですよねwww。
CD-ROMなんか、世界初ですからね。
これね、実はこの後、まだまだ初がいっぱいあるんですよ。
おお、すげえなあ。
これね、今ならもうそれこそ「世界初」って、バンバン使うとこあるじゃないですか。
うんうんうんうん。
あれ、過大広告なんですけど、ハドソンはホントに世界初だったんですね。
うん。
じゃこの後ね、翌年の1989年3月に、コンピューターゲームにおける初のデジタルコミック、「コブラ 黒龍王の伝説」を発売。
うん。
で、同じ年の6月に、CD-ROMを媒体とした世界初のロールプレイングゲーム、「天外魔境 ZIRIA」を発売。
うん。
これも世界初です。
うん。
さらに翌年1999年、ゲームボーイ用のソフトの開発・販売を開始。
うんうんうん。
そして、その次の年1991年には、コンピュータープログラマー、ゲームデザイナーの養成を目的に、ハドソンコンピュータデザイナーズスクール株式会社を設立し、スクールを開校。
はあー。
これも先駆者ですよ。
そうですね。
ゲームスクール。
学校っていうと、ヒューマンのイメージがあるけど。
ね。
ヒューマンとかコナミとかね。
うん。
実はハドソンだったんですね、これ。
ほうー。
いやホント、色々やってますね。
自分たちでソフト作るだけではなくですね、人材まで育てていたと。
うん。
で、続いて1992年1月に、スーパーファミコン用ソフト周辺機器の開発、販売を開始。
うん、うん、うん。
どんどん手を広げてますね。
そうですね。
まあ、ソフトが作れるわけですから、新しいハードが発売されたら、そこに参入するというのは当然でね。
うん。
で、同じ年の7月に、まあこれ世界初のハイビジョンゲーム。
うん。
「Hi-Tenボンバーマン」というのを作って、イベントに使ったんです。
へえー。
これね、当時私覚えてますね。
なんかニュース記事になってたのは。
へー、僕全然知らないですね、これは。
だからね、これ16:9の画面で10人で対戦できるボンバーマンやったかな。
ふうーん。
っていうので、横長の画面使ってね。
ふうーん。
これね、当時ね、コンピューターからハイビジョンに出力できるグラフィックボード自体がなかったらしいんですよ。
うん。
じゃ作った?
はい。
手作りしたらしくてwww。
へえー。
ハイビジョンへの出力はPCを使って行われていたため、正面からゲーム機を見ると、パソコンにPCエンジンが挿入されるカタチで、接続されてたらしいですね。
かっこいいなwww。
かっこいいwww。
www。
プロトタイプって感じでね。
うん、かっこいい。
いや、だからこういう事もできてしまうというのが、やっぱり技術者の強さというかね。
そうですね、うん。
でね、その後1994年に、PCエンジンの後継機種である次世代ゲーム機、PC-FX。
www。
もうこれね、PCエンジン好きでもあまり取り上げたくないんですが。
www。
こちらの音源とかね、動画処理のチップもハドソンが作って。
はい。
こちらね、同時期に発売されていたプレイステーション、セガサターン、NINTENDO64の3D性能に対抗すべく、PC-FXにもね、実は3Dポリゴンを積む予定だったらしいんですよ、やっぱり。
おかしいなと思ったんです。あの当時出た新ハードで、3D機能がないなんておかしいんですよ。
うん。
FXってすごく2Dが強いハードだったんですけど、その分3Dがほぼ使えないようなハードだったんですが、実はやっぱ3Dポリゴン用のチップ作ってたんですって。
ふうーん。
ところが、間に合わなかったらしいんですよ。
あら。
なので、2D路線のソフト開発しかできないハードとなってしまったために、3Dゲーム市場に出遅れたんですね、これ。
そう…ですね。
結果、結局PC-FXは残らなかったんです。
んー。
で、ここでPCエンジン終わっちゃったんですね。
うん。
ただですね、FXではダメだったんですが、その前のね、PCエンジンCD-ROM2ではですね、たくさんの代表的なシリーズを作成してですね、原人シリーズ、桃太郎シリーズ、天外魔境シリーズ、ボンバーマンシリーズっていうシリーズを作りながら、かつ移植作、「R-TYPE」、「イース1・2」っていう名移植。
うん、うん。
これらもハドソンですね。
そうですよねー。
だから、この辺だけでもですね、ゲーム業界全体としては、貢献した功績としては、ホントに多大であると。
うん、うん、うん、うん。
改めてね、やっぱすげえメーカーだったんだなと思って。
うん。
表向きやっぱ、ちょっとソフトメーカーとしてのイメージが強くて、あと高橋名人のイメージ強いから、
はいはいwww。
なんかちょっとこう、庶民的な会社のイメージあるじゃないですか、やっぱり。
ああ、ありますありますあります。
ところが実は、ゲーム業界めちゃくちゃ支えている会社だったと。
うん。
恐ろしいですよ。
これたぶん、ハドソンが関わってなかったら、大げさに言うとちょっと出遅れてたんじゃないかなっていうね、ゲーム業界自体の技術が遅れてたんじゃないかと。
そう…ですねー。
BBブロス始めてね、自分でPCエンジンのソフトも最近遊んでるわけですけど、PCエンジンに少し触れて思うのは、やっぱPCエンジンがあのスペックであった事で、こうなんていうか、豊かになってるというかね。
そうですね。
その後のちょっとギャルゲーっぽい路線って、やっぱPCエンジンあってこそだと思いますし、
そうですね。
CD-ROM2も、あの時代に作れてるというのは、正直ね、オーパーツレベルなんです、あれ。
うん。
プレイステーションより相当早いですからね、あれwww。
そうですよね。
確か、パソコンより早かったでしょ。
FM TOWNSとかが、PCでCD-ROMをつけてましたけど、あの前のはずですからね、確か。
はあー。
だから、CDでゲームを遊べるようにしたというのではホントに先駆者ですし、ゲーム自体の進化を早めたというのは過言ではないなと思うんですけども。
うん。
で、この後ね、1997年に入ってNINTENDO 64ソフトの周辺機器の開発・販売を開始すると。
はい。
で、続けてプレイステーション用ソフトの開発・販売も始める。
はい。
ね。
すごいですね、やっぱ。もうライバル機種とか関係なくね、ソフト作ってますから、どこでも出せます。
うんうん。
でですね、ここでもまた新たに世界初のものを作ってます。
うん。
1997年の12月に、世界初の育成散歩計「てくてくエンジェル」っていうのを発売してます。
へえー。
これはですね、歩数計として使用するだけで、キャラクターの育成を行えるものだったと。
ほおー。
で、健康意識が高まってた…これね、だから今の時代に近いんですよ。
ああー。
Pokémon GOとか、あれに近い発想だと思うんですけども、地道にけっこう売れてですね、最終的には250万台売れてます。
へえwww。
だからこれね、完全に当初の目標を上回ってるらしくて、大成功と。
うんうん。
で、これね、私全然当時知らなかったんですが、この後2006年に任天堂DS用ソフトとして、「DSてくてく日記」という名前で、ちゃんと続編が出てるんですって。
へえー。
「てくてくエンジェルPocket」っていうのが出てるらしくて、だからこういうものもやっぱ作り続けてたんだなという事でね、ソフト以外にもね。
うんうん。
ところがですね、ハドソンの明るい歴史も実はここまででしてですね、ここから先、ちょっと暗くなってくるんですが。
1998年に北海道の…ハドソンがメインバンクにしていた銀行が破綻してですね、それからちょっと資金繰りが難しくなって、経営が悪化したんですね。
うんうん。
で、このあたりからちょっと雲行きが怪しくなってくるんですが、ただ同じ年にですね、NITENDO 64用に作った「マリオパーティ」。
うんうんうんうん。
これ、実はハドソンが作ってるんですね、「マリオパーティ」って。
そうですよね、パーティはね。
これの一作目が出てまして。
で、これ以後シリーズ化されるんですが、ちょっと黒い影はちらつきつつも、まあまだ大丈夫だという事でいくんですが。
で、翌年1999年に、ドリームキャスト用のソフトの開発・販売を開始。
はい。
で、この2000年代、このあたりからコナミの資本が入るようになってきます。
うん。
まあだから経営が苦しいのでね、ちょっとこう助けてもらうような形になってたんでしょうね。
うん。
この後2001年、ゲームボーイアドバンス用のソフト開発・販売を開始してですね、さらにプレイステーション2用ソフトの開発・販売も開始。
うん。
だから順調に過去の資産をね、いろんなハードで出しつつ、なんとか経営状態を良くしようとするんですけども、やっぱり厳しくてですね、同じ年にコナミが第三者割当増資を引き受けて、筆頭株主となります。
んー。
まあ、でもなんとかまだここではハドソンの名前を残しつつですね、2002年には任天堂ゲームキューブ用ソフトの開発・販売www。
www。
この辺って結局ね、実はタイトル見ると、「ボンバーマン」とか「桃太郎電鉄」とかの移植とかを出してただけな感じなんですね。
そうなんですよね。
まあ、寂しい事にオリジナルソフトはあまり出ていないんですよね。
んー。
だから、徐々に弱っていた感じはしてまして。
うん。
で、いよいよ2004年、創業者である工藤兄弟が経営から退くと。
はい。
で、違う方が社長になります、ここで。
うん。
で、ここが転機なんですが、まあ2005年。
うん。
プレイステーションポータブル用のソフト開発・販売を開始と。
うん。
まあ、ここでも引き続きタイトルを発売しているんですが、この年にコナミの連結子会社になります。
うん。
で、これ連結子会社っていうのは、グループ会社の連結の範囲にも含められる子会社なので、コナミ直属の子会社ではないと。
ふうーん。
という事で、まだある程度独自性は持っていたんですが、やはり前年にね、工藤さんたちが辞めてしまいましたので、特徴的と言われた自由な社風も、この頃になくなったんじゃないかと言われてますね。
ふんふんふんふん。
だからこそ、資産を活かすために、同じ年ニンテンドーDS用ソフトの開発・販売とかも始めて、新しいハードが出るごとに、自分たちの過去のタイトルなんかをね、使ってなんとか頑張っていくんですが、なかなか改善しないと。
うん。
で、そのままXbox 360用ソフトの開発・販売も始めるとwww。
www。
まあこちらに関しては、ハードウェア自体がちょっと日本では厳しかった状態なんですけども。
うん。
で、この後、2007年に本社を東京ミッドタウンに移す。
ああー。
まあこの時点で、ほぼハドソンはなくなってたんでしょうね、おそらく。
そうですね。
まあ、ずっと北海道でやってたわけですから。
うん。
で、この時点でもヒット作はほとんどないと。
うん。
で、2008年、工藤さんの後に社長になった方が辞められて、「マリオパーティ」とか作ってたスタッフも辞めて、違う会社に移籍したと。
うん、うん、うん。
もうこうなってくるとですね、ハドソンというのは名前だけになってしまいまして。
そうですねえ。
この後ですね、2011年、ついにコナミの完全子会社。
んー。
これね、さっきの連結子会社と違うのはですね、まだハドソンの総株主の過半数を親会社が保有しているから、経営に関しても親会社の意見が通るようになるという事でですね、コナミからより一層連携強化を図るためという事で、コナミの側に完全に吸収されてですね、ハドソンというブランドと名前はなくなりました。
ふうーん。
厳密に言うとね、これ2011年はまだ残ってたんですが、2013年、ハドソンブランドがなくなって、アーカイブもすべてコナミブランドに統一されました。
んー。
この時にね、確か私も覚えてるんですが、カタログのハドソンのゲームだったものが、メーカー名がコナミになってました、この時。
ふうーん。
で、翌年の2014年の1月1日に、ハドソンの公式ホームページが閉鎖されて、名実ともに40年7カ月の歴史に幕を下ろしたと。
んー。
なので、最近はハドソンという名前を聞かないという事ですね。
そうですね。
ただ、ゲームタイトルは残ってまして、この間ね、発売された「桃太郎電鉄」ね、なんかは大ヒットしてましたから。
そうですよね。
はい。
これがですね、結局ね、2011年の時に、高橋名人も辞められたんですよね。
うん。
この理由が、家庭用ゲーム機向けタイトルを作らなくなったんですよ。
うん。
だからもう高橋名人も「じゃあ、もう俺もいいや」という事で辞められて、で、この時に桃太郎シリーズのゲーム監修をされているさくまあきらさんも、「桃太郎伝説」の開発チーム「Team Kawada」っていうチームがあるんですけど、そのチームの人たちもたくさん辞められて、色々やっぱり折り合いつかなくなるんですよ。
うん。
で、この時に色々問題があってですね、桃太郎シリーズはこの後しばらく出なくなったんですけども、
そうですよね。
この時に、だから色々あってシリーズ打ち切りと、同シリーズの著作権をコナミと他社に譲渡せず、永久封印するっていう状態になってたらしいんですよ。
うん、そうですよね。
覚えてて、だから最後のDSかな…は、買いましたもんね。買ってきましたもんね。
ああ、この時だから、一部のゲームユーザーの中では有名だったんですよね、この辺の確執というのはね。
うん。
やっぱり、「人気タイトルどうなるんだ?」と。
うん。
だいたい会社が合併したりとかする時って、そういうのが問題になるんですよ。
はい。
で、「いや、今後あのタイトルは残すし、出しますよ」ってメーカーが発表するとね、安心はするんですが、まあそういう事にはならなかったと。
うん。
次はね、ゲームタイトルの話をしていこうかなと思うんですけど。
はい。
84年から99年までという事で、前半のね、歴史でわかると思うんですけど、とにかくいっぱいあるんですよwww。
多いですよね。
そうなんですよ。
で、ハドソンの特徴として、ハドソン開発じゃなくてハドソンで出しているけど、開発はよそのメーカーっていうものもけっこうあるので、
そうですね、はい。
できるだけハドソン開発のもので、シリーズものもちょっと2とか3とか言っていくと、すごい数になっちゃうので、そういうのは重要なとこだけ残して…っていう感じのリストになってるんですけれども、まず84年にファミコンタイトル2本出てまして、「ロードランナー」と「ナッツ&ミルク」ですね。
うんうんうん、そうですね。
初期はね、タイトルが少なかったから、この2つはすごく印象に残ってますけれども、ここで始まって85年には、「バンゲリング ベイ」、「チャンピオンシップロードランナー」、「プーヤン」、「チャレンジャー」、「バイナリィランド」、そして「スターフォース」、「ボンバーマン」という事で。
全部遊んでる。
ねえ。
こんだけ出してて、全部わかりますよね。
全部遊んでるし、半分持ってるな。
そうですよねwww。
やっぱり、ハズレがないな。
85年がこれ。
すごい。
うん。
いやホントに、ファミコンの創世記を支えたというね。
そうですよね。
ホントに、ホントにそうだと思います。
うん。
「バンゲリング ベイ」とかは、まあ色々言われますけど、
そうそう。
言われるけど、あれ面白いですよ、あのゲーム。
うん…だし、やっぱ存在感抜群ですから。
抜群です。
うん。
オープンワールドヘリコプターゲームですからね。
そうですよね。
うん。
まあ85年の中では小粒だけど、僕は「プーヤン」けっこう好きですしwww。
わかります。
なんかいいですよねwww、「プーヤン」はね。
いいです、いいです。
あれ独特ですよ、あの弾の軌道。
そうそうそう。
www。
弓矢に肉がついてるやつwww。
何、あの軌道?
www。
ね、「ボンバーマン」はずっと続くわけですし、
「ボンバーマン」大好き、初代大好き。
ね。
うん。
で、86年にまず「忍者ハットリくん」。
ああ、売れたなあ、これも。
これ、売れましたよね。
キャラゲーとしては大ヒットです。
うん。
いやあ、面白かった。
正直、「ハットリくんなのか?」と言われたらそうですけど、ゲームとしての完成度がね、有名なボーナスステージとかね。
はいはいはい、鉄アレイね、はい。
いや、でも気持ちよかったんですよ結局、遊んでて。
うん!
だし、まあ藤子不二雄原作としては、たぶんこれ初じゃないですかね。
あ、そうか。
ああはあはあはあ。
こういう、版権ものもやってくわけですけど、オリジナルも強くてですね、
そうですね。
「スターソルジャー」出てますから。
すげー! 名作。
名作シューティング。
そうですね、うん。
キャラバン行ったなあ。
ですよね。
うん!
シューティングブームの二次ブームって言うんですかね。
あのね、アーケードじゃない、コンシューマーでのシューティングブームを起こしたのは、間違いなくハドソン。
そうですね、確かに。
そうだと思う。
うん!
で、これもオリジナルとしてはすごく面白い「高橋名人の冒険島」。
はい、そうですね。
元がね、「ワンダーボーイ」やったかな。
そうですね。
元はあるんですけど、まあキャラクターを高橋名人にした事でね、ちょっとテイスト変わって。
これは、すごいですよね。
自分とこの社員のゲーム作るって、ちょっと普通じゃないwww。
すごい、すごいです。
だからもうこの頃には、高橋名人自体が完全にアイコンになってたんですよね。
そうですよねー。
人気あった事で、
「スターソルジャー」もあるし、「スターフォース」も出てるわけだから。
そうです。
で、この時にだから高橋名人という広報兼タレントという感じで売り出して、上手に売ってました。もう子供たちみんな知ってたし、憧れの人でした。今で言うプロゲーマーに近いですよね。
そうです。
ゲームの上手い人っていうね。
あとですね、僕すごい好きなタイトルなんですけど、「迷宮組曲」。
ああっ! もう名作です。
ね、名作ですよね。
名作です!
で、「ドラえもん」も出てますね。
ありましたね。
名作ですね。「ドラえもん」も評価高い。
で、87年になると「Bugってハニー」。
いいですねwww。
はいwww。
タイトルがいいなあ、タイトルいいわ。
ここから始まるんですけど、「ボンバーキング」。
はい。
で、「桃太郎伝説」が出てまして、87年はPCエンジンも発売されているので、「上海」。
ああ、そうか「上海」かあ。
「ビックリマンワールド」、「THE 功夫」、「加トちゃんケンちゃん」。
すげえな。
ローンチ全部やんか。
そうなんですよねwww。
HuカードもCD-ROM2も、ローンチ全部ハドソンや。
まあ、そりゃそうか。ハード作ってますからね、なんせね。
はい。
一番そのハードをよく知ってる人たちという事ですからね。
そうですよね。
うん、そら強いわな。
ね。
ファミコンの最初に、任天堂がソフトをいっぱい出してるのと同じですよね。
そうそうそう。
やっぱりそのね、ハードの最高のスペックで作る方法を知ってる人たちですから。
で、87年はもう一個、面白いものが出てまして、シュウォッチが出た年ですね。
出た!
www。
もうこれも外せないハドソンのね、ハードとしてはめちゃくちゃ売れましたよ、これ。
100万台出てるみたいですね。
すごい!
www。
もうちょっと行ってたんちゃう、もう。
100万台以上行ってた気するけどな。みんな持ってた。
ですね。
壊れたらもう一個買うよ。
買えますからね、価格的にね。
楽しいんですよ。
おもちゃとしてすごい良かった。
うん、うん、うん。
で、88年に「サラダの国のトマト姫」。
おお!
これね、アドベンチャーゲームの回でやりましたね。
はい。
で、「桃太郎電鉄」の方が出てますね。
うん、うんうん。
で、ここまでがファミコンで、PCエンジンはというと、「邪聖剣ネクロマンサー」。
www。
www。
いやいや、まあ、名作ですよ。
色々問題あるけど。
ね、PCエンジン最初のロープレですからね。
すごいですね。
ファミコンでもあれやけど、PCエンジンでも、もうメジャーなんしか作ってないな。
うん。
で、まあこれは移植ですけれども、さっきカワサキさんが言ったような、「R-TYPE」を出してるんですよね。
うん!
あと「パワーリーグ」。
うん、野球ゲームね。
あと「No・Ri・Ko」。
あと「定吉七番」。
ああ…そう、ありましたね。
これ、まだ取り上げてないけど。
www。
が、88年。
89年はファミコンで「星霊狩り」っていうものと、あと「亀の恩返し」。
あったなあ…。
www。
なんかこう、和風が好きなんですかね、やっぱりね。桃太郎とかね。
けっこうキワモノもやるんだなっていうwww。
いいですよ、けっこういいですよね。
面白いですよね。
面白い。
で、もう88年以降は、やっぱりPCエンジンを主戦場にしまして、
そりゃ、そうでしょう。
PCエンジンが増えるんですけれども、「ネクタリス」。
うん!
これはね、一本やりましたけどwww。
一本やりました、はい。
www。
すごいなあ。そっかそっか。
「ダンジョンエクスプローラー」、「凄ノ王伝説」、「ニュートピア」。
すごいねー。
「PC原人」、「バトルエース」、「コブラ」。
ね。
で、「天外魔境 ZIRIA」。
いやあ、すごいなあ。
まあ、当然ながらPCエンジンの屋台骨を支えている。
そうですよね。
この89年は、85年のファミコンの時みたいな、
すごいですよ。
ドサドサドサーっと、
ハード立ち上げ期に、すごく重要な役割してますよね。
してますよね。
してると思う、ホントに。
めちゃくちゃ強力なサードパーティですよ。
はい。
で、90年になるとですね、ファミコンだいぶ減っていくんですけど、この一本は僕は言っておきたいという事で、「ビックリマンワールド 激闘聖戦士」というロープレの方のビックリマンが出てまして。
うんうんうんうん、はいはい。
あとですね、ディスクで「ボンバーマン」出してるんですね。
ああ…、そう。
はい。
へえー。
で、PCエンジンでも「ボンバーマン」出してまして、
これはめっちゃ遊んだやつです、はい。
あと「ブロディア」っていうタイトルと、「スーパースターソルジャー」。
うん!
で、アクションの桃太郎シリーズ「桃太郎活劇」が出てますね。
うんうんうん、ありましたね。
91年になると「高橋名人の冒険島2」、「ボンバーマン2」。
うん。
あと、「ジャッキーチェン」がファミコンで出てますwww。
ああー、あったなあ。
あったあった、うんうん。
でまあ、この「ジャッキーチェン」はPCエンジンでも出てまして。
はいはいはいはい、出てた。
えー、「ニュートピア2」、「PC原人2」、あとまあ「ファイナルソルジャー」という事で、91年はなんか2が多いんですよ。やたら2を作ってる。
まあまあね、しょうがないですよね。人気あるタイトルの続編っていうのはね。
はい。
92年になると、ファミコンで「高橋名人の冒険島3」が出ておりまして、
ちょっと、この辺から嫌な感じがしてきてるなあ。
スーパーファミコンで「高橋名人の大冒険島」が出てまして、あとですね、カワサキさんには伝えておきたい「アースライト」が出ております。
なんで伝えたいんですか、それは?
これあれでしょ。
ネクタリスの系譜のタイトルですよね、確かね。
あ、そっかそっか。
はい。
で、PCエンジンの方では「高橋名人の新冒険島」www。
www。
「PC電人」。
いいんですよ。
シリーズが人気あるっていう事ですから、いいんですけど、ちょっと寂しいなあ。
「スターパロジャー」。
ああ、はいはい。
いや、これは純粋に人気ありましたよ。
はい、これはなんて言えばいいんだろう。まあ、言っちゃえばハドソン版パロディウスですよね。
そうです。
もう、まんまそうです。
ボンバーマンとかが自機で、あとなんかPCエンジンが自機ですよね、これね。
そうです、そうですそうです。
あれ、いいですよねwww。
そうです。
パロディシューティングものっていうのはね、ウケてた時だったんでね。
はい。
あと「ゲート オブ サンダー」、そして「天外魔境2」。
来たなあ~。
いやあこれね、うれしかった。このなんかね、ちょっと停滞した感じがある中で、めちゃくちゃ期待できた続編だったんですよ。
うんうんうんうん。
続編とは名ばかりの、もう完全新作ですからね。
そうですよね。
うん。
でもこれだけじゃないんですよね。「銀河お嬢様伝説ユナ」が。
そっか、あれもあるな。
www。
いやでも、あれもまあ売れましたよ。
はいwww。
売れました、はい。
僕でも知ってますからねwww。
めちゃくちゃ有名ですね。
93年に「高橋名人の冒険島4」。
人気あるなあ。
高橋名人、すごいな。
これ確か、ファミコン最後のソフトなんじゃなかったかな。
あ、言ってましたね、それなんか。
うん。
言ってた。
ファミコンの回に言ってませんでしたっけ、それ。
そんな気しますよね。
確かそうだったと思います。
うん、言ってた言ってた。
あとですね、遅れてきた「FC原人」ですね。ここでやっと、FCに来る原人www。
あったなあ。
はい。
原人もFCに移ったかと思ったなあ。
で、「桃太郎伝説外伝」がファミコンでは出てまして、
なんかね、このあたりからね、ちょっとPCエンジンのものが流れていってしまったな、という悲しさはあったんですよね。
ちょっと減ってくるんですよね、PCエンジンが。
で、これはもう仕方がなくてですね、なぜならスーファミの開発をやっているからという事で、「エルファリア」、「スーパーボンバーマン」、「スーパーパワーリーグ」、「新桃太郎伝説」というものがスーファミで出ていて、PCエンジンの方では「CD電人」ですね。
うん!
で、「天外魔境 風雲カブキ伝」。
ありましたね。
が出てるのが93年。
94年は「Jリーグスーパーサッカー」、「超原人」、「スーパー桃太郎電鉄3」、「大怪獣物語」あたりが出てるんですけど、「鋼 HAGANE」っていうのが出てるんですよ。
ほうほうほう。
これ、アクションものなんですけど、これ当時ね、面白そうですごい遊びたかったんで覚えてるんですけど、ちょっとやらせてもらったら、すごい難しかったんだよなあ。
いや、ハドソンのゲーム全体的に難しい。
まあ、そうですね、うん。
PCエンジンでは「ハイパーウォーズ」っていうゲームを出してますよね。
ああ、はあはあはあ。
95年が「キャラバン シューティングコレクション」、「天外魔境ZERO」、「最強 高田延彦」っていうゲームをwww、スーパーファミコンで出しています。
www、ええなあ。
なんかこう、ゲームタイトルで時代がわかってしまいました、僕はね。
あと、ちょっとこう「ハドソン復活した!」って感じしますよ。そういうの聞くとね。
www、そうですね。
PCエンジンの方でも、ビッグタイトルなんじゃないかな、これwww、「銀河婦警伝説サファイア」。
あ、でも確かに。
確かにビッグタイトル。
…と、「空想科学世界ガリバーボーイ」。
ああー! それもビッグタイトル。
広井王子さんがね、関わって…
そうですよね、こっちはビッグタイトルですよね。
そうそうそう。
天外魔境のね、さらに進化した感じのものっていう感じで。
うん、うん、うん、うん。
で、96年にスーパーファミコンで「鮫亀」。
ああー、懐かしい。
「ボンバーマンビーダマン」。
ああ、はいはいはいはい、ビーダマンね。
で、「ドレミファンタジー ミロンのドキドキ大冒険」っていうのが出てるんですけど、これはですね、迷宮組曲の流れを組んでいるものなんですよwww。
ああー!
ああ、そう。
そう。
そうか。
でも、あんまり聞いてないって事はあんまりやったんかな。
wwwそうかも知れないですね。
まあちょっと時間もね、経ちすぎちゃいましたからね。9年経っちゃいましたからね。
うんうんうん。
で、97年は「スーパーボンバーマン5」、「スーパービーダマン」。
うん。
で、プレステに参入して、桃太郎電鉄が7ですね。
うわあ、そんな出てるんや。
そして、久しぶりの新作「ブラッディロア」。
ああー! そうか。
あれハドソンか。
覚えてますか?「ブラッディロア」。
覚えてます。
ソフト持ってます、はい。
これ、ハドソンなんですよねー。
そっか、そっか、そうでしたね。
そうなんですよね。
そうや、そうや。
あれはハドソン開発なんや。
まあ、どこまでやってるか、ちょっとわかんないですけどねー。
うん。
まあでも抜かりなく格ゲーに。
ねっ!
はい。
で、98年は「ボンバーマンワールド」プレステ。
で、99年が「ブラッディロア2」と。
うん!
はい、こんな感じでしたね。
なるほどねー。
やっぱりちょっと、中盤はだいぶ弱いですね。
うーん。
まあ、オリジナルもの作らなくて、シリーズものだけでもヒット作があったというのが、良くも悪くもだったんですかね、もしかしたら。
う~ん、そうですね。
なんかちょっと、「天外魔境」がうまく回らなかったのが残念な感じがしますね。
いやあ、正直でもね、あれはやった立場から言わせてもらっても、あれを続けるのは無理ですわ、確かに。
うーん、2がでかすぎたんですね。
でかすぎたんです。
で、だから実際、3がホントに難航したでしょ、色々ね。
うんうんうん。
で、結局FXで出るはずが出なかったりとかしてて。
あの後、天外シリーズがメイン柱として続いて行ってれば、もしかしたらちょっと違う展開になってたかなって気がするんですけど。
そうですよね。
そんな気はしますね。
まあでも、ね。
それでも柱自体いっぱいあるじゃないですか。「ボンバーマン」も柱あるし、「桃鉄」もあるし、まあ経営自体そこまで悪い気しないんですけどね。
いろんなね、タイトル、アクションだったら原人シリーズがあるわけだし、シューティングはあんまり名前出さなかったですけど、「スターソルジャー」の系譜だったり、キャラバン系のやつ…カネコとかにね、開発してもらって、シューティングも定期的に出してるわけで。
なんかね、傍から見てると、そんなにこう、ヒット作こそないけど、そこまで苦しそうな感じには見えなかったんですけどね、なんか。
ただ、あれですかね。
プレステ以降の、なんかカジュアル化の波にはちょっとうまく乗れてなかった気がしますかね。
ああ、そうですね。
良くも悪くもちょっとこう、バタ臭いところが持ち味みたいなとこありましたからねー。
ゲーマーが喜ぶゲームというか、すごいコアゲーマー、ファルコムみたいな、すごいコアな感じではないんだけど、やっぱりゲームが好きな人が楽しいゲーム、みたいのをいっぱい出してくれてたメーカーだなって。
やっぱりちょっとこう、対象年齢が低いイメージありましたよね。キャラクターとかも含めてね。
ああ、それはありますね、確かに。
ちょっとこう、大人になってきた時に遊びたいと思うゲームが少なかったなっていうのは感じましたね、やっぱ。
ああ、確かにちょっと卒業しちゃう感のあるメーカーですね。
ちょっとねー。
確かに、言われてみればホントにそうだな。
だからそこは感じたので、まあそのね、どうしてもそういう方向…まあそれが間違ってるとかではないんですけど。
うん、うん、うん、うん。
そこはちょっとうまくこう、時代と噛み合わなかったのかなという気がするんですが。
まあ、だんだん90年代後半から、リアル路線にゲームもなりましたもんね。
いやただね、それでもホントにゲーム業界への貢献度というか、功績に関してはもうホントにこれではっきりしましたけど、ホントにハドソンがなかったら、歴史変わってただろうなとは思いますね。
うん、はい。
ソフトウェア的にも、ハードウェア的にもね。
うん。
うん、ホントにそれぐらいの影響力があったメーカーだなと思いますね。
うん。
主戦場がコンシューマーというところがね。
うん、確かに。
ナムコとかタイトーは、アーケードなんですよね。
そうですね。
で、アーケードからコンシューマーに流れてきたけども、ハドソンはPCから…まあPC含めてコンシューマーですよね、家庭用ですから。
はい、はい、はい。
だから、もうずっとコンシューマーでやってきて。
アーケードゲームも作ってましたけど、メインは家庭用のメーカーだったなと。で、家庭用で売れるゲームを作ってたんだなというのはすごく感じますね。
ただ、家庭用にしては難易度高いもんいっぱい出してたけどな。「高橋名人の冒険島」もはっきり言って難しいけどな。
難しいですよねwww。
でも、みんなやってたしな。「チャレンジャー」だって難易度めちゃくちゃ高いですからね、あれ。
うん。
クリアしてないですからね、私もwww。
www。
でもなんか魅力あったんですよね。
ありましたね。
それでもこう、なんか遊びたいっていうゲームの本質の部分での魅力というのは、すごくあるタイトルが多かったなあ、やっぱ。
はい。
で、なんかこう、カラーとしては統一されてる気しますね。なんかナムコとかタイトーに比べると、ハドソンっていうカラーってすごくこう、かっちりしてるイメージは、そのやっぱり作ってる人たちが、コアな部分が変わらなかったからですかね、おそらくね、スタッフの人達がね。
そうですね、そんな気はしますね。
うんうんうんうんうん。
いやこれで寂しいですけど、今はもうなくなってしまったメーカーという事でね、タイトルは残ってますけども、今後ハドソンらしいタイトルというのは、もう二度と作られる事はないんだなと思うとね、まあちょっと寂しくはありますが。
はい。
まあまあ、過去のゲームをね、遊ぶ事はできますので、ぜひね、これ聴いて懐かしくなった方は、ファミコンソフト買っていただいてwww。
はい。
ね、アーカイブとかでも遊べるものたくさんありますから。
うん、あります。
またちょっと思い出して、ハドソンのタイトルを遊んでいただけたらうれしいなと思います。
はい。
では、そろそろエンディングなんですけども、今回のハセガワさんのレトロゲームプレイレポートはどうなってますでしょうか?
はい。
まあ今回ね、ちょっとハドソン…押しているのでwww、
www。
サササッと話しますけど。
ちょっと歴史がね、長くなってしまいました。
いやいや、面白いんでいいんですけれども、まあネクロスはですね、第2章に入って、うらぎりのブルースっていうタイトルなんですけれども、主人公はナイトで、王様の命によってですね、八英雄の一人に武士のサムライってやつがいるんですけど、
ぶしのさむらい?
www。
www。
なんか、小人ドワーフとかと同じ感じがするなあ。
まあ、これがネクロスの残党軍に加わってるという噂があって、真相を確かめて参れという事で、ナイトが真相を確かめているんですが、
あ、ナイトがサムライの真相を確かめに行くんですか。
はい。
へー。
まあ始まった瞬間、ナイトの横にドワーフがいてですね、話しかけると「わしも行きたい」っつって、もう即仲間が入る。
あ、仲間すぐ横にいるんや。
はい。
で、最初の森に行くとですね、エルフがいてですね、「やあ、待ってましたよ」って即3人になるんですが、
サクサク進むな、テンポいいな。
うん、まあこのエルフは弱い。
www。
www。
エルフ、やっぱ弓ですか?
エルフは角笛で魔法を使うんですよ。
あ、魔法を使うんや。
はい。
ちなみにドワーフはツボを突きます。
どゆこと?
経絡秘孔を突いてきます。
マジで?
はいwww。
どうしてなんだ? と思うけどwww。
体術?
武器は斧なんですけれど、魔法の代わりにツボ突きをwww
ああ、そゆこと。
面白いな、面白い世界観やな。
ちなみにナイトは、何もできません。
なるほど、肉弾戦ね。
肉弾戦ですね、はい。
で、商人の服で残党軍を欺いて、入れない町に入ったり、勇者の斧っていうのを手に入れてですね、「これはさぞかし強いんだろう」と思ったら、これが壁に穴を開けるアイテムだったとかね。
www。
www。
寂しいなあ、ちょっと。
新しく行った町で、ナイトがやたら邪険にされるんですよ。「あんた、もう出て行かないのかよ、この町を」みたいな事言われて「何なんだよ」と思ってたら、偽ナイトってやつがその町で悪い事しててですね、
ああ、いいですね。
偽シリーズね、ありますよね、そのパターン。
で、それを討伐したりで、色々やってですね、サムライがいる塔まで来てまして、
塔にいるの?
お城じゃなくて?
なんか塔にいるんですよ。
残党軍が駐屯してるみたいな事なのかな。
悪い奴らが集まってるんね、そこに。
で、武士のサムライさんはですね、残党軍のショーグンの部下になっていてですねwww、
うんうんうんうんうんwww。
で、まあサムライ見つけたら、「ショーグンは騙されているんだ」と。
ほう。
「私が目を覚ますんだ」っつって、「ここは悪いけど」っつって襲いかかってくるんで、3人がかりでボコボコにしました。
www。
そんなに強くない。
いやいや、強い強い強い。
あ、やっぱ強いの。
カットインが入って、「出たー! サムライ得意の十文字斬り!」とかするんですけど、
かっこいい、ほうほう。
無制限に撃ってくるんで、これをねwww。
ええ!?
それはエグいな。
まあ強いんですけど、まあさっそくエルフが殺されたりとかねwww、ちょっと苦戦したんですけど、倒すとショーグンが出てきて、「よくもサムライを!」って言って、「さぞかし強いんだろうな」と思ったら、これが弱くwww。
あ、そうなんや。
「あれ? 弱い」と思ったら、
あ、よかったよかった。
どんな姿してるのか、高速でアニメーションするんで「よく見えないぞ」と思って、「ま、戦ってるうちに見えんだろう」と思ったら、2ターンぐらいで倒しちゃって。
あら。
「あれ?」って思ったら、その奥にまあ黒幕がいまして。
ああ、なるほど。
オニロスっていうのがいるんですけど、まあそいつがショーグンに毒を盛っていたという事で。
なるほどね。
だから弱かったって事で、「あ、じゃあこいつが黒幕かあ!」と思って戦おうと思ったらですね、床が抜けて地下に落とされまして。
お!
今、ここまでですね。
なるほど。
この地下を脱出して、もう1回塔を登って、そのオニロスってやつを倒せば、たぶん2章終わるんじゃないかなと思います。
あらあら、なんか面白い仕掛けですね、それ。
はいwww。
ふーん。
でも順調じゃないですか。
順調ですね。
順調にやってますが、まあエルフが弱い。何が「待ってましたよ」だって。
それって、レベル上がっても弱い感じですかね。
弱いんですよ。
ちょっとね、このゲーム、レベル設定があんまり良くないんじゃないかなあ。
ああ、そう。
レベル上がってもあんまり強くならない。上がりにくい?
いや、第1章はそんな事なかった。
ほうほう。
だから、全体的なバランス取りがちょっと雑なんじゃないかな。
ああ、そういう事ね。
第2章はホントに苦戦して、特にエルフが死ぬんで、死んだら最初の神殿があるところまで戻って生き返らせなきゃいけないんで、もう何度もエルフだけ生き返らせるために戻ってるんで。
そっかそっか。
戻る呪文とかないの?
エルフが覚えてるんですよ。
www。
www。
めっちゃ面白いな、それwww。
もうツボついてもね、ルーラみたいな事はできないんで。
wwwそうか。
仲間がムキムキになったりはするんですが。
それって、レベル上げは大変なんですか?
そんなでもないですね。
じゃあ、レベルちょっとボス前にガンガン上げてっていけば、楽には行ける。
行けるんだと思うんですけど、
それでもエルフ弱い?
弱い。
こういう事言うとなんですが、やっぱドラクエってのはよくできてるなって思いますね。
あ、なるほどね。
改めてね、うんうんうん、確かに。
そこら辺のバランス取りも、まあ2なんてね、「すごく難しい」って言われるけど、それでもやっぱりね、すごく上がり方が気持ちいいし。
そうですね、やっぱ。
ネクロスね、エンカウントもすごいバラつきがあるんですよ。全然出てこない時もあれば、2歩、3歩でボコボコ出てくる時もあるし。
それって、雰囲気に合わせてるわけじゃないんすか? 例えば、敵の本拠地だからいっぱい出てくるとか。
いや、違うんですよ。
あ、関係ないんや。
そんで雑魚が、レベルが上がってすごく弱くなったやつが、ドラクエだったら出てこなくなるじゃないですか。
あ、なるほど。
まあ、出てこなくするようにできるじゃないですか。
うん、うん。
ネクロスはそれができないんで、それでエンカウント高いタイミングとかになると、もうホントにうざったいんですよねwww。
そっかそっか。
そういうところは、ちょっとやっぱり今一歩だなとは思うんですが、まあそれでも全然遊びやすくサクサク進んでいるので、まあたぶん次お話しするときは、2章は確実に終わってると思いますね。
いやでも、各章立てのお話というのは聞いてて楽しいですね。
そう、ですね。
どういうお話が次あるのかな? というところは。
短いお話が連続しているっていうのは、モチベーションを保つという意味では面白い作り方ですよね。
うん。
うん。
で、お菓子の方は、広井王子さんの会社が関わってるっていう話を前回したかなと思うんですけど、ゲームの方はですね、ちょっと見てみたら、冒険企画局さんが関わってて、
ああー、そうなんや。
はい。
へえー!
ボードゲームをね、やる我々としては、よく聞くお名前ですけれども。
へー。
やっぱり、テーブルゲーム的な要素とかがあるからかな、元が。
なんですかね、うん。
いくつか関係会社が出てるんですけど、その中の一番前に冒険企画局が…
あれじゃないですか?
アナログの方を担当してたんじゃないですか? ネクロスの。
どうなんですかね。
詳細わからないんですけど、「お、ちょっと知ってる名前」と思って、やってる感じですね。
なるほど。
いやあ、今後のお話も楽しみですけども。
はい。
では、いつもの告知お願いしまーす。
はい。
ブライトビットブラザーズでは、番組に対するご意見ご感想、あなたのゲームの思い出や、ゲームにまつわるエピソードなど、お便りお待ちしています。
ホームページ右側のメールフォームや、番組のTwitterアカウントへのDMなどで、お送りください。
Tweetの場合は「#BBブロス」。
BBがアルファベット、ブロスがカタカナをつけていただけると、見つけやすくて助かります。
番組のTwitterアカウントのフォローも大歓迎です。
よろしくお願いしまーす。
よろしくお願いしまーす。
という事で、今回のテーマはハドソンでした。
はい。
あのね、途中で紹介できなかったんで、これ言いたかったんで言いますけども、「バーイ ハドソン♪」とかね、「買わなきゃハドソン♪」とかね、
言ってましたね。
ねー!
こういうキャッチフレーズもね。あと、蜂のマークとかね、ホントにこう、印象深い会社ですよね。
ホントそうですね。
うん。
思い返してみても、いや改めて今回調べて、ホントにすごいメーカーだったんだなというのは再確認できました。
こういうのが面白いですね、調べてみるとね。
ね。
なんかこう、今までしゃべってきたものに色々絡んでくるところなんかもね、このぐらいのタイミングで紹介するのにちょうどよかったなって。
www、確かに。
他の事をやった上でね、PCエンジンの話とかした上で、「R-TYPE」とかね。
うん。
で、ハドソンやるとね、実は今まで話してたのが繋がるだよっていうのは、なんか話しててもいいタイミングだったなと思ったんですけど。
はい。
なので、今後もまたこういうメーカーの話とかね、まだまだたくさんありますから。
そうですねー。
していきたいと思うんですけども、あと何かありますか? ハセガワさんの取り上げたいメーカーとか。
いやあ、色々…
いっぱいありますよね、そりゃねwww。
ありますよね。
難しいですよね、カプコンなんて絶対やっておきたいとこだけど、
やっておきたいけどもwww
でかいんだよなあっていう。
でかすぎる。
どこ取り上げるかっていう話ですよね。
まあ個人的にはね、データイーストとかも言いたいしね、
そうそうそうそう、ね。
まあなのでね、皆さんもね、思い出のメーカーとかあればね、Twitterとかつぶやいていただくとかね、お便りいただけると、また参考にさせていただきますので、よろしくお願いします。
よろしくお願いしまーす。
では、今回も最後まで聴いていただいて、ありがとうございました。
ありがとうございました。